キャロリン・ビーズリーの特集記事


キングス・パーク(Kings Park/Kaarta Koomba)の芝の丘に登り、午後のそよ風を全身で受け止めると、開花シーズンを迎えたボロニアの優しい香りが鼻腔をくすぐります。

4月から5月は、ヌーンガー族の季節で「ジェラン(Djeran)」に当たります。暑さが厳しい夏が終わりを告げるこの時期は、パース(Perth/Boorloo)周辺に育つブッシュから優しい香りが流れてきます。ツアー会社「イン・カルチャー・ツアーズ(In Culture Tours)」を経営するヌーンガー族の末裔、スティーブン・ジェイコブス氏が、近年香水の原料としての利用が広まっているボロニアの花は、実は古代から同様の目的で使用されてきたと教えてくれました。

「ヨーロッパからの入植が始まる前の時代には、私たちの暮らしにデオドラント(消臭剤)がありませんでした。デオドラントというツール自体はありませんでしたが、女性らはボロニアの花を大量に浮かべた川で水浴びすることで香りを身にまとい、男性を惹きつけました。つまり、ボロニアは古代から香水の目的で使用されてきたのです。」


パース、イン・カルチャー・ツアーズ


ジェイコブス氏のツアーには、キングス・パークやフリーマントル(Fremantle/Walyalup)を巡るコースのほか、ペロン岬(Point Peron)に残る古代の祭儀場やロッキンガム(Rockingham)を巡るコースがあります。どのツアーでも、ブッシュ・タッカーを試食して、文化的に重要な史跡を訪れます。特に、ジェランの季節には五感のすべてに訴える素晴らしい体験が待っています。

ジェイコブス氏は、「恵みの雨が運んでくる香りを感じます。ブッシュの中に漂う香りと似ていて、芽吹く草木が放つ柔らかな香りです」と、ジェランの季節独特の香りを説明してくれました。

草木が放つ香りの中には、薬効成分を持つものもあるそうです。

「ヌーンガー族は、天然のペパーミントの葉をバルガ(グラスツリー)の樹脂や蜜蝋と一緒に煮出して、ヴイックス・ヴェポラッブ(Vicks Vapour Rub、鼻詰まりなどに効く塗り薬)を作ります。」

ジェランの季節に漂う香りはほのかですが、気候の変化は明らかです。

「朝の気温が下がり、草や車に結露が発生するようになります。昼夜問わずエアコンが欠かせない真夏とは完全に異なる気候です。」

ジェイコブス氏はさらに、ジェランはブルラッシュ(bulrush/yanget)の球根が旬を迎える食の季節でもあると教えてくれました。


パース、イン・カルチャー・ツアーズ


「ヤムイモ(野生種のイモ類)も旬を迎えます。地面を掘ると、ブドウの房のように育つ小ぶりのイモが出てきます。」

一方、生物界では、ジェランの季節に爬虫類が冬眠を開始し、ジェイコブス氏は幼少期からこの様子に非常に興味を持っていたそうです。

「子供の頃、祖父と一緒にブッシュを散策するのが好きでした。裸足で歩くのですが、ジェランの季節はヘビを心配する必要がないので安心でした。」

ワジュク・ヌーンガー族のアーティストであるジャスティン・マーティン氏は、ツアー会社「ジュランディ・ドリーミング(Djurandi Dreaming)」を経営しています。マーティン氏が催行しているウォーキングツアーでは、ロッキンガム地域に足を延ばし、見事な湖や洞窟、居住地跡などを巡りながら本物のドリームタイムのストーリーに耳を傾けます。

ツアーでは、マーティン氏の説明を聴きながら、パースの中心に古代から息づくアボリジナル・カルチャーを感じることができます。さらに、高さ9m もの巨大なヌーンガーの戦士の彫刻が建つヤガン・スクエアヤガン・スクエア(Yagan Square)にも立ち寄ります。パース中心地区を斬新な視点で観光したい方には、マーティン氏の「ドリーミング・イン・ザ・キー(Dreaming in the Quay)」ツアーがお勧めです。このツアーでは、日没時にエリザベス運河(Elizabeth Quay/Goomup)で集合し、スワン・リバー(Swan River/Derbarl Yerrigan)の豊かな歴史を紐解きながら、運河沿いのモダンなインスタレーションを鑑賞します。

「私は基本的に芸術作品の解説に重点を置いていますが、運河そのものの雰囲気もお客様に楽しんでいただけるよう柔軟に対応しています。エリザベス運河は、レインボー・サーパント(Rainbow Serpent)と呼ばれる伝説の蛇神が創造した大切な場所です」とマーティン氏は説明してくれました。

なお、ジェランの季節には、場所さえ把握していればパース市内でもブッシュ・タッカーを見つけられるそうです。


ロッキンガム、ジュランディ・ドリーミングのマーティン氏


「ワトルは樹液を食用にできるほか、木に棲みついている大きな幼虫も食べられます。もちろん、ツアー参加者全員が必ず食べなくてはならないものではありません。チャレンジ精神旺盛な希望者限定です。」

古代からこの地に暮らしてきたヌーンガー族は、毎年ジェランの季節には普段と異なる内容の食事を用意したそうです。

「ヌーンガー族は伝統的に、雨が降ると水が流れる場所へと向かっていました。水辺では家族で協力してウミガメや甲殻類、カモ、ガチョウを捕まえるのです」と、マーティン氏が説明してくれました。

また、ジェランの季節はアボリジナルピープルが冬支度を始める時期でもあります。

マーティン氏は「ヌーンガー族は居住区から離れた原生地まで出かけ、カンガルーやポッサムを罠で捕らえて皮を利用しました」と述べたうえで、ヌーンガー族にとってジェランは手で扱う道具を用意する大事な時期でもあると教えてくれました。「水辺にはさまざまな種の鳥が生息しており、猟には5種類の異なるブーメランが必要です。これらを全て活用して、冬が始まる前に十分な数の鳥を仕留めます。」

ジェランはブッシュの香りが漂い、雨の恵みを受け、カエルの鳴き声が響き渡る季節であるとともに、辺り一面に茂る緑が視界に飛び込む美しい季節です。


ロッキンガム、ジュランディ・ドリーミング


「ジェランには新芽の息吹を感じます。また、木々が育ち、緑が目立ってきた段階で野焼きを実施します。」

と語るジェイコブス氏に続き、木々の緑はまさにジェランを代表するカラーだとマーティン氏が説明してくれました。

「科学的には、雨が降ることで植物の光合成が進むと説明できますが、辺り一面がグリーンに萌えるジェランの季節は、視覚に訴える非常に美しい季節です。この時期のグリーンはまさにスーパーカラーです。」



(情報:2024年3月現在)